純愛が嫌いだ

よくわからないこと

余命何年とか、記憶喪失とか、禁断の恋とか、もう擦り切れてしまいそうな王道のラブストーリーが嫌いだ。

魔法のiらんどがサービスを終了するらしい。中学生時代、朝の読書タイムというのがあったのを思い出す。10分か15分か、各自好きな本を黙って読む時間だ。

わたしは読書が好きだったけれど、この時間は嫌いだった。

一人の空間で、好きなだけ読むのが楽しいのに、教室のなかでみんな一緒に、なんて。文字をただ目で追いながら、時間が過ぎるのを待っていた。

活字嫌いの子にとってはもはや苦行だろう、と思いきや、そうではない。

本なんか全然読んでこなかった女子たちを、きゃーきゃー言わせて夢中にしていた本があった。魔法のiらんどだ。

めくるめく純愛ラブストーリー。

これはもう少し上の世代の女子たちにもぐっさりと刺さったようで、続々と映画化までしはじめた。

中学生の私は恋愛のなんたるかを知らなくて、だからまったく興味をひかれないのだと思っていたが、今ここ、31歳になるまでずっと、純愛ものに惹かれたことはない。

ラブストーリーが嫌いなわけでは、ない。きれいなだけのもの、が嫌いなんだと思う。

人間関係はいつだって、もっと複雑で汚い。わたしにとって、それすらまとめて愛しいと思えることが、恋愛なのかもしれない。

恋に落ちるのは、私を女として欲してほしい、と思える誰かを見つけたときであって、これってそんなに美しいか?と、もう一人の私が語りかける。

※2024年10月19日にnoteにてアップしたものを再編集しています。

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